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# <震災6年 3.11>記憶 風化させない 岡山 ◇希望の灯絶やさない 岡山駅前広場/ AMDA / 「3.11の集い」 宗教の壁超えた追悼式6年目 / 原発に依存しない社会呼び掛け 脱原発の集い

<震災6年 3.11>記憶 風化させない 岡山 ◇希望の灯絶やさない 岡山駅前広場/ AMDA / 「3.11の集い」 宗教の壁超えた追悼式6年目 / 原発に依存しない社会呼び掛け 脱原発の集い

<震災6年 3.11>記憶 風化させない 岡山


東日本大震災から6年となった11日、県内でも犠牲者に思いを寄せたり、被災地の早期復興を願ったりする行事が行われた。震災を風化させないための活動や、地域防災への意識を見直す動きも。県内ではそれぞれがこの日、被災地や防災への思いを新たにした。

 ◇自主防災へ一歩一歩 東区

 災害時、住民が地域で防災活動を行う自主防災組織。県内の組織率は68・0%(昨年4月1日現在)で、全国平均の81・7%を下回り全国42位にとどまる。発足していても、高齢者が多く、活動に結びつかないケースが多い。そんな中、小学区単位に取りまとめ、防災意識を高める団体を新たにつくり、活動を活性化させようとする動きが出始めている。

 県危機管理課によると、県内の組織率は6年前の51・3%から増加傾向にあるが、隣県の広島(90・7%)や鳥取(82・0%)に比べると低調だ。特に岡山市(62・4%)、倉敷市(55・7%)など、人口が集中する都市部は低い。

 同課は「災害時、避難誘導や救出作業、避難所運営など、共助につながる」と重要性を強調しているが、「活動内容に温度差がある」としている。

 組織率が低い要因は、県内で災害が少ない▽地域に防災リーダーがいない▽普段、働いている人が活動に参加しにくい――などが挙げられるという。

 岡山市東区の市立朝日小学区では11日、学区内にある七つの組織を集約した「自主防災を考え地域みまもり隊」が発足した。同学区内は昨年末で、ようやく全地区に広がったが、ほとんど防災活動はしていない状態だったという。

 発足式には約50人が参加。地域の危険箇所や指定避難所などを確認しながら、地図にシールを貼ったり、色鉛筆で色分けしたりして、ハザードマップを完成させた。今後、3か月に1回のペースで、応急手当てや災害用伝言サービスの使い方などについて学んでいくとしている。

 同隊の豊田美代子代表(58)は「組織が活動していくきっかけになり、こうした動きが県内全体に広がっていけば」と話していた。


 ◇希望の灯絶やさない 岡山駅前広場

 被災地支援を行う「福島復興プロジェクト手をつなごう岡山実行委員会」が11日、JR岡山駅東口の駅前広場で、約2000個の発光ダイオード(LED)のキャンドルをともすイベントを行った。

 実行委が初めて企画し、約120人の高校生らが協力した。「福島を絶対忘れない」「福島が笑顔であふれますように」などと書いた紙でキャンドルを覆い、「福島と岡山がつながろう」との思いを込めて並べた。

 午後6時30分頃、キャンドルに灯あかりがともると、会場に「FUKU―O(復興)」「3・11」などの文字や、ハートなどが浮かび上がった。訪れた人は足を止めてキャンドルに見入っていた=写真=。

 就実高2年、柳井稜子さん(17)は「自分が震災に遭っていれば、きっと精神的に参っていたはず。吹奏楽部員なので、東北に行って音楽で被災者の心を癒やしたい」と話していた。
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復興支援 備前焼チャリティー販売  JR岡山駅地下の岡山一番街コンコース広場


 東日本大震災の復興支援を目的に、備前焼作家らによる備前焼チャリティー販売会が11日、JR岡山駅地下の岡山一番街コンコース広場で開かれた。 若手作家を中心に59人が湯飲みや茶わんなど約530点を出品。通常より割安の1点500〜3万円で販売され、駅利用者らは手に取ってじっくりと眺め、お気に入りの品を買い求めていた。 植木鉢を購入した玉野市の女性(59)は「この活動が一日でも早い復興につながればと思います」と話した。 チャリティー販売会は備前焼作家グループ「from・bizen」が、2011年から毎年開いている。収益は被災地で活動する国際医療ボランティアAMDAと、虐待を受けた子どもらを支援するNPO法人・子どもシェルターモモに寄付する。

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参考
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岡山の教会で「3.11の集い」 宗教の壁超えた追悼式6年目

 岡山バプデスト教会(岡山市北区田町1)で3月12日、「3.11への祈り」が開催される。

 今年で5回目となる同イベント。当日は、元経済産業省の古賀茂明さんの講演(13時〜)、追悼式(14時〜)、シンガー・ソングライターの二階堂和美さんライブ(15時〜)を開く。

 追悼式では、岡山バプテスト教会の梅田環さん、岡山県内5カ所の寺の住職、黒住教の伊賀雅之さん、イスラム教の竹内千恵子サラさんが一緒に祈りをささげる。福島や東京からの移住者3人のトーク「3.11わたしの想(おも)い」も予定している。

 実行委員代表の大塚尚幹(しょうかん)さんは、震災前に住んでいた福島県川内村から岡山へ移住した。大塚さんは「震災での犠牲者への追悼と、被災者の幸せを祈り、脱原発を目的としている。 震災から6年が経過し、あの時のことを忘れていく人も多いはず。日本を、人生を揺るがした、忘れてはいけない日。宗教・政治・意見の違う人が一緒に集まる場所にしたい」と話す。

 実行委員の中原永昌(えいしょう)さんは「岡山は災害に対しての備えをしておけば、受け入れ場所となれる。寺院や教会がその役を担えるように行政と一緒にその意識を強めていきたい」と話す。

 開催時間は10時〜16時30分。
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参考
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岡山で復興願うLEDキャンドル JR岡山駅東口広場 東日本大震災 3.11

 東日本大震災の犠牲者を悼み、被災地の復興を願う「キャンドルナイト」が11日夜、JR岡山駅東口広場であり、高校生らが発光ダイオード(LED)のキャンドル約2千個をともし、祈りをささげた。 福島県などの復興を支援する市民有志の実行委員会が企画した。ボランティアの高校生を含む約120人がキャンドルを並べ、明かりで「3・11」や福島と岡山のつながりを示す「FUKU—O」という文字を浮かび上がらせた。キャンドルを囲む紙の筒には高校生が「幸せな暮らしがいち早くかえってきますように」などとメッセージを記した。 清心女子高(倉敷市二子)の2年生徒(17)は「復興を応援したいという思いが少しでも被災者に届いてほしい」と話し、キャンドルの柔らかな光を見つめた。 実行委代表で2014年度に福島県へ派遣された岡山県職員八木慶市さん(45)は「今も多くの避難者が全国各地で暮らし、困難な生活を強いられている。震災の風化を防ぎたい」と話した。

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 ◇希望の灯絶やさない 岡山駅前広場

 被災地支援を行う「福島復興プロジェクト手をつなごう岡山実行委員会」が11日、JR岡山駅東口の駅前広場で、約2000個の発光ダイオード(LED)のキャンドルをともすイベントを行った。

 実行委が初めて企画し、約120人の高校生らが協力した。「福島を絶対忘れない」「福島が笑顔であふれますように」などと書いた紙でキャンドルを覆い、「福島と岡山がつながろう」との思いを込めて並べた。

 午後6時30分頃、キャンドルに灯あかりがともると、会場に「FUKU―O(復興)」「3・11」などの文字や、ハートなどが浮かび上がった。訪れた人は足を止めてキャンドルに見入っていた=写真=。

 就実高2年、柳井稜子さん(17)は「自分が震災に遭っていれば、きっと精神的に参っていたはず。吹奏楽部員なので、東北に行って音楽で被災者の心を癒やしたい」と話していた。
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岡山 復興願う2000の明かり

「あの日」から6年となる11日、岡山市内でも東北の被災地に思いをはせるさまざまな催しがあった。

JR岡山駅東口広場(岡山市北区)では11日夜、東日本大震災の被災地の復興を願うキャンドルナイトが開かれた。県内の大学生や社会人の有志でつくる「福島復興『FUKU―O』プロジェクト―手をつなごう岡山―」実行委員会が企画した。

 日が暮れた午後6時半ごろ、「FUKU―O(復興)」「3・11」の文字や、福島県会津地方の伝統工芸品「赤べこ」の形になるように並べられた約2千個のLEDキャンドルがともされ、一帯はほのかな明かりで包まれた。

 キャンドルには「私たちは忘れない」「震災前よりも明るく素敵な場所になるよう願っています」など、東北へのメッセージが書かれ、多くの人が足を止めて復興への思いを共有した。

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原発に依存しない社会呼び掛け (岡山バプテスト教会(同市北区田町)で古賀氏が登壇も)


東日本大震災の犠牲者を鎮魂し、原子力発電に依存しない社会の実現を呼び掛ける集会「3・11への祈り」が12日、岡山市中心部で開かれた。元経済産業省官僚の古賀茂明氏が講演し、日本は自然エネルギー大国として成長戦略を描くべきだと訴えた。 岡山バプテスト教会(同市北区田町)で古賀氏が登壇し、自然エネルギーにシフトしている欧州の状況を説明。「日本は逆で、まず原発を稼働させて火力発電もした後の不足を自然エネルギーで補おうとする」と指摘した上で、原発輸出を成長戦略に位置付ける現政権を批判した。 講演後、参加者約200人が「持続可能な世界の実現のため努力します」と唱えた。震災発生時刻の午後2時46分には黙とうし、犠牲者に祈りをささげた。 集会は、岡山県内の被災者支援団体や宗教関係者などでつくる実行委員会が開催。脱原発を訴えるウオークもJR岡山駅前の桃太郎大通りで実施し、約350人が行進した。

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岡山 岡山市で宗派を超えた鎮魂と脱原発の集い


東日本大震災で被災し岡山へ移住した人や、県内の宗教者たちが12日、震災犠牲者を悼み、一人ひとりができることを考える催し「3・11への祈り」を岡山市内で開いた。

2部構成で、午前中は「さよなら原発のつどい&ウォーク」。午前10時から岡山後楽園の対岸にある石山公園で音楽ライブや福島県浪江町で牛約300頭を飼う獣医師による現地報告を聞いた後、約300人が僧侶らの先導で「原発いらない、命を守ろう」と声を上げながら岡山駅前まで約1キロ歩いた。

 午後1時から第2部が岡山市北区田町1丁目の岡山バプテスト教会で開かれた。地震が起きた午後2時46分に、参加者全員が黙禱(もくとう)し、仏教、神道、イスラム教の各宗派の宗教者が順々に祈りの言葉を捧げた。
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2016/12/19
「岡山は◯◯が少ない」地震・雨・台風…岡山県のPRは大丈夫か 熊本県は「自然を侮った」と見直したが



大都市から地方への移住志向が高まる中、移住先として人気が高いのが岡山県だ。県は「地震や台風などの災害が少ない」とPRしており、実際に移住者の多くもそれを理由に挙げる。しかし、同様に地震の少なさをPRしていた熊本県は4月の熊本地震以後、「自然を侮っていた」とPRを見直す事態となった。そうした例もあり、専門家は「(岡山県は)確かに地震が少ないが、けっして油断してはいけない」と警鐘を鳴らす。

移住促進へ。ポスターや冊子で「地震少ない」とPR

 「岡山には○○が、少ない」-。

 岡山県の移住促進用ポスターなどはこう大きく書かれており、目を引く。その下には、「雨が少ない。地震が少ない。台風も少ない。」「岡山には『心配』が少ない。だから、『安心』がいっぱい。」などと書かれている。

 こうしたPRが効いたのか、ふるさと回帰支援センター(東京)が発表している「移住希望地域ランキング」で、岡山県は平成23年の東日本大震災後、4年連続(24~27年)で全国5位以内の人気を誇ってきた。24年は前年の15位から2位へと大躍進。25~26年は3位、27年は5位だった。

 県が実施・発表した28年度上半期の県外からの移住者へのアンケートでは、移住した主な理由について、「災害が少ない」が25・6%で最も高かった。

 ポスター以外でも県は地震の少なさをアピール。県作成の冊子「大好き!晴れの国おかやま~岡山って どんなところ?~」では、1923~2015年に震度4以上地震を観測した回数が16回で、都道府県別で全国3番目に少ない(最少は佐賀県の8回。最多は東京都の555回)ことを紹介。移住ポータルサイト「おかやま晴れの国ぐらし」でも、「岡山県は『晴れの国』と呼ばれ、気候は温暖で災害も少ないところ」と記している。

 また、「岡山県移住・定住ガイドブックおかやま晴れの国ぐらし」では、「どのくらいの頻度で地震が来るのですか?また震度はどのくらいですか?」との質問に、「震度1以上を観測した地震は、平成23~27年の過去5年間で93回程度です。震度3は6回、震度4は2回で、ほとんどが震度2以下となっております」と回答している。

死傷者210人、家屋全半壊3900戸。忘れられた70年前の記憶

 このように岡山県では、積極的に災害や地震の少なさを移住者にPRしてきたが、実際は過去に大きな被害をもたらした地震もあった。

 70年前の昭和21(1946)年12月21日午前4時19分に発生した昭和南海地震だ。和歌山県潮岬沖を震源とするマグニチュード(M)8の地震で、岡山県内では死者52人、負傷者162人の被害が出た。また建物被害は全壊1201戸、半壊2707戸に上り、線路の沈下や堤防の決壊、道路の損壊もあった。

 ちなみに日本被害地震総覧(東京大学出版会)によると、同地震の被害は中部地方から九州にまでおよび、全体で死者が1330人にのぼったとされる。

 岡山県備前県民局の「県南部における南海地震の記録」によると、この地震で県南部では震度4~6の揺れが観測され、総震動時間は1分半~10分だったという。

 また、岡山測候所(現岡山地方気象台)の報告として発震当時の様子がこう記録されている。

 「本県としては最近の地震史に未(いま)だかつてない稀有(けう)の地震なり。岡山は中震(震度4)程度にして地震のおこる前大体南東方向に大砲の音のごとき地鳴りを聞き間もなく割合に緩やかな南北の水平動がおこり次第にその強度を増し約5分間に亘り激動す。地鳴りは約1分間程度にて終わる」

安政南海地震では5メートルの津波も発生。南海トラフ巨大地震の死傷者想定は1万5000人

 県南部に被害をもたらした要因は、地震動に伴う土地の液状化とされる。

 液状化の危険性が高い県南部の干拓地と沖積層の地域で被害が多発し、噴水や噴砂などの液状化現象特有の記録が残る。地震による液状化は土地の地盤沈下を伴い、その程度は30~60センチに達したという。

 昭和南海地震では、津波も発生したが、津波の高さが1メートル以下でほとんど被害がなかったとされる。しかし、江戸時代の安政南海地震(1854年12月24日、M8・4)では、最高5メートル程度の津波が発生したとも。

 岡山県危機管理課は「安政南海地震は、昭和南海地震の4倍の大きさの巨大地震だったが県内全体の被害は記録がなく、推計できていない」と話す。

 同課によると、今後発生が予想される南海トラフ地震の被害想定では、最悪の場合、M9クラスの地震によって最大震度6強の揺れが発生し、津波などによる死者が3111人、負傷者が1万1745人に上るという。

「地震はどこでも…」熊本地震で「安全地帯」PRを撤回した熊本県

 今年4月にM7・3、最大震度7の地震に見舞われた熊本県。企業誘致のために県の魅力などを案内するウェブサイト「企業立地ガイドKUMAMOTO」では「熊本地域では過去120年間、M7以上の地震は発生していない」「安全地帯」などとPRしていたが、地震を受けて同月中に削除した。

 同県企業立地課は「今までのデータから地震が少ないとPRしていたが、地震後に『自然災害が少ないとはいえないだろう』『地震はどこでも起こりうる』と考えた。自然を侮っていた」と削除した理由を語る。

 岡山大学の隈元崇准教授(地震地質学)は岡山県について、「科学的にみて他の地域に比べて地震の危険度は低く、活断層も地震活動も少ないのは全国的にも珍しい。南海トラフ地震に限っていえば、岡山は瀬戸内なので高知などに比べると揺れは小さく、津波は約2時間遅れて来るので慌てずに逃げればよい」と、一定の地の利を評価する。

 その一方で「約100年のデータで地震の発生を議論するには不十分という見方もある。この100年間で地震が少なかったのは事実だが、今後地震が活発化しないとも言えない。また、高知などの人よりも防災で手を抜いてもいいかといえばそうではない。どこで起きるかわからない内陸の地震への備えは必要」と指摘している。

 隈元准教授によると、県内には活断層が目立たないが、活断層がないところでも熊本地震(M7・3)程度の地震は起きるということが分かってきたという。地形には現れない「隠れ活断層」の評価手法は改訂中で、なお研究の途上だ。

 岡山県中山間・地域振興課は「今後、大地震がまったくないとは考えていないが、幸いにも、これまで地震が少なかった。『安全だ』と訴えるPRは、引き続きしていきたい」などと話している。
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